鉄原子1個の「量子ビット」実現へ大きな前進―1ナノメートルの絶縁膜上で鉄原子の安定保持に成功―
2026年04月01日
研究?産学連携
千葉大学大学院工学研究院の山田豊和准教授と大阪大学の多田幸平助教らによる共同研究チームは、身近な磁性材料として古くから知られる「鉄」を、物質の最小単位である単一原子まで小さくし、スピントロニクス注1)分野で広く利用されている「MgO/Fe (001) 注2)」構造において、厚さ約1ナノメートル(nm)の絶縁膜上に吸着した単一の鉄原子を極めて安定した状態で固定することに成功しました。
この単一鉄原子は離散的な量子スピン状態を有しており、量子コンピューターや量子センサーの基本単位である量子ビット注3)としての応用が期待されます。
本研究成果は、2026年3月10日付で、国際学術誌Applied Surface Science Advancesにオンライン掲載されました。
(論文はこちら:10.1016/j.apsadv.2026.100965)
■研究の成果 (詳細は別添参照)
量子コンピューターや量子センサーの実現には、量子状態を安定に保持できる材料の開発が不可欠です。多数の原子からなる固体では電子はエネルギー帯を形成し、個々の量子状態を利用することはできません。一方、物質を単一原子まで小さくすると電子は離散的なエネルギーを持ち、単一の量子スピンに直接アクセスできるようになり、量子スピンは量子ビットとして利用できる可能性があります。
しかし、単一の鉄原子を金属基板上に置くと、基板中の電子との相互作用により、スピンの向きが乱され、安定に利用することが困難でした。この課題に対し、MgOなどの絶縁膜を挟む手法等も提案されていますが、従来の極薄膜(0.2~0.4 nm)では結晶欠陥や歪みが多く、実用上望ましいのは約1 nm厚の絶縁膜での実現ですが、技術的に困難とされていました。
本研究では、厚さ約1 nmの単一鉄原子の安定性を、本学で開発した走査トンネル顕微鏡(STM)注4)を用いて、超高真空?極低温(マイナス268.5℃)で検証し、厚さ1 nmのMgO絶縁膜上であっても鉄原子は強固に吸着し、安定した量子スピン状態を保持できることを示しました。(図)。
- 厚さ約1 nmのMgO絶縁膜上において、単一鉄原子を安定した状態で固定し、直接観察に成功
- 特定の電圧?電流条件により、原子を動かさずに観測できる条件を確立
- 研究成果とシミュレーションの比較により、鉄原子がMgO中の酸素原子と強く結合し、大きな電荷移動が生じていること、また、鉄原子がスピンS = 3/2の量子状態を持つことを解明

左図:単一の鉄原子磁石を真空の絶縁膜で挟み込み、金属電極から電気的に切り離すことで、鉄原子磁石の持つ量子性を保護できる。厚さ1nmのMgO膜表面上でも鉄原子の安定吸着を走査トンネル顕微鏡(STM)で確認した。右図:実験で得たMgO絶縁膜表面上の鉄原子のSTM像。
■今後の展望
本研究のポイントは、既に情報記録デバイスとして広く利用されているMgO/Fe(001)の薄膜表面上に、単一の鉄原子を強固に固定することに成功したことです。鉄は単一原子まで小さくしても磁性を持つため、単一原子磁石は量子ビットとして利用できる可能性、すなわち既存のスピントロニクス材料が単一原子スケールでは量子ビット材料として機能する可能性を示したものです。既存のスピントロニクス技術と量子デバイス技術を結びつける重要な知見であり、量子デバイス開発の普及と実用化への貢献が期待されます。